こんばんは、番頭です。
「老後はのんびり温泉地に住みたいな」
「海の近くで、朝は浜辺を散歩して、昼はカフェで読書」
「畑を耕して、自給自足しながら静かに暮らしたい」
……わかる。めちゃくちゃわかる。
でも最近、こういう“理想の老後”を口にするたびに、
心のどこかでこうツッコんでしまうんです。
「それ、ただ今の現実から逃げたいだけじゃない?」

■ “理想の老後”の正体とは?
気づいてしまったんです。
理想の老後って、もはや“老後”じゃなくて、“今やりたいこと”の集合体なんじゃないかと。
-
人間関係からも仕事からも離れて、
-
朝も夜も誰にも縛られず、
-
好きなことだけして暮らす。
これって、“老後の夢”じゃなくて、“今日すぐやりたいこと”でしょ?
■ ところで老後って、いつ来るんでしたっけ?
これも最近よく思います。
-
65歳になったら引退?
-
70歳まで働けって言われてるし…
-
年金もらえるの何歳?
-
健康寿命、果たして何年?
そう考えると、「老後」はいつの間にか“先送りされる未来”になっていて、
気がつけば、“理想の老後”は“逃げられない現実”の遠い夢。
■ 老後を待たずに、少しだけ“逃避”しよう
でも、だからこそ思うんです。
「老後になったら…」なんて言ってたら、たぶんその頃には、
膝が痛いとか、目が見えづらいとか、物価が今の3倍とか、
いろんな“誤算”で思い通りにならないかもしれない。
だったら、今ちょっとだけでも“理想の老後”っぽい時間を先取りしてみるのもアリじゃないでしょうか。
-
朝30分、散歩してみる
-
コンビニじゃなく、イケてるカフェでコーヒーを飲んでみる
-
スマホを置いて、本を開いてみる
大それたことじゃなくていい。
“老後っぽい幸せ”って、案外、今の暮らしの中にも散らばってるのかもしれません。
■ 最後に:将来の夢を、ちょっとだけ今日に持ってこよう
「理想の老後」は“将来のごほうび”ではなく、
“今日を乗り切るための妄想エネルギー”なのかもしれません。
だから、たまには堂々と逃げてもいいんです。
妄想で、散歩で、ちょっとだけ美味しいアイスで。
未来の理想に逃げながら、今をなんとか泳いでいきましょう。
それが、番頭流の現実逃避術です。