敬老の日は、お年寄りを敬う・・・・という趣旨なのだと思いますが、この日も「会社の状況はどうか?どのような仕組みで、どのぐらいの収益があるのか?他社のこんな発想を取り入れてみてはどうか?」など果物の輸入業に生涯を投じた大叔父からご意見をもらうことが多く、どちらかと言うと私が思いもらえる日でした。
いまだに私の中で敬愛している大叔父は、昨年88歳で他界しましたが、85歳の時には既にスマホを使いこなしていました。
ほぼ最後まで人に頼らず、家族にも大きな迷惑もかけず、孫からも心から敬愛されていました。
ほぼ最後まで人に頼らず、家族にも大きな迷惑もかけず、孫からも心から敬愛されていました。
敬老の日は、自分の最後の時期を家族や親戚の心の結び付きに役立てる存在として終えられた大叔父を忍ぶ日になっています。