お世辞と本音?

高校受験のシーズンらしく、子供の話も内申点がなんとか、かんとか・・・・

部活のとある先輩の話しになって、中学3年で過去のサボリ癖が積み重なって成績は並の下。
すでにテストが終了しているのに、理科の内申点を上げようと必死に考え付いた苦肉の策は先生へのラブレター作戦。
その手紙とは、他校から赴任してきたその30代前半の女教師が、いかに綺麗になっていったか?
という自分の勝手な思いをただ書き綴ったものだそうです。

その結果は功を奏したのか?その子が言うには、お世辞を並べて5段階の2から3へUPしたと。


「そんなに上手くいくわけね~し」と、うちの小僧が言うので、「やってみないと、わかんないだろ?」と昔の自分の時の話をしました。



中学2年の時の担任は音楽教員の斉藤先生。
ちょっとグラマーな感じで、当時40代前半だったのではないかと思います。
ジャージや中途半端な服装で教壇に立つ先生が多い中、斉藤先生はいつもビシッとスーツでした。

先生との仲は良かったのですが、何しろ私は音痴で受験に関係のない音楽にそれほど興味を持っていなかったので、当然のごとく音楽の成績は5段階の3ぐらい。


当時、私の仲良しの子で、その先生を悩ませる反抗期少年~ツヨシがいました。
片親で貧しかったのですが、新聞配達で自分の食費を賄っていました。
そんなツヨシは私のじいさん、ばあさんに気に入られて、私が帰宅すると台所で飯を食いながら皆を笑わせて私の部活の帰りを待っているという、年寄り思いのいい奴でした。

たまたま学級委員かなんかをしてたので、授業中に大騒ぎして問題を起こすツヨシについてどうしたものか?と職員室に呼ばれて相談されたことがありました。

先生は自分のデスクの回転椅子に座って「あなたが一番仲良しでしょ?ツヨシをどうしたらいいと思う?」と神妙な面持ちで質問してきますが、私が気になっていることは先生の悩みごとではなくて、その先生の胸の谷間の方なのでした。

何を答えてよいのか迷った末に・・・
「あいつは、いい奴だし、きっと先生のことが好きなんだよ。ま、正直に言うと俺もタイプだし・・・」
というようなことをまじ顔で言ってごまかしました。

この子は何を言い出すの?!というような顔をしていましたが隣に座っていた頑固者で堅物の英語の先生の顔を見ながら照れ笑いをしていたことだけは覚えています。


中2から中3へはクラスメイトも先生も持ち上がりするのが通例でしたが、結局、中3に昇級する時に斉藤先生はドロップして、新しい担任は一番若い日体大出の熱血体育教師。

初めてのクラスでの挨拶は「おめーら、徹底的に叩きのめすからな!よ~く覚えておけ!」と剣道部の竹刀をバシバシ言わせていました。

ちなみにその熱血先生もいい奴でしたが、数年後に私の同級生とイイ感じに?なったのがバレてしまい、東北の遥か山間の学校に飛ばされて、自分が徹底的に叩きのめされることになります。


斉藤先生の置き土産か?音楽で5をゲットしたのは、あの時が最初で最後でした。


中学を卒業してから10数年たった20代中ごろ・・・ツヨシの結婚式で恩師として一人だけ斉藤先生が呼ばれました。
最後の新郎の挨拶で、『母親がいなかった自分がどれだけ先生に迷惑をかけてしまったをお詫びしたかった』とスピーチして、先生を泣かせていました。


やっぱツヨシはいい奴でした。
そして、月日が経っても斉藤先生のロケットおっぱいは健在でした。


学校の先生も人なので、お世辞と本音の差は成績にも、ほんのちょっとだけ?反映されるかもしれません。





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